
・中小企業で人材育成・研修を担当している人事・総務・教育担当の方
・採用や育成に課題を感じている中小企業の経営者・役員の方
採用難や事業環境の変化の中で、中小企業にとって人材育成はますます重要度が高まっている分野と言えます。
社員一人の成長がそのまま業績や顧客満足に影響しやすいからこそ、「自社らしい人材育成のやり方」を整理しておきたいと感じている方も多いでしょう。
この記事では、中小企業の人材育成の現状と主な課題を整理したうえで、取り組みやすい育成施策や助成金・公的支援取得のポイントをご紹介します。
まずは、なぜ今改めて「中小企業の人材育成」が重要になっているのか、背景を整理しましょう。
有効求人倍率が高止まりしており、多くの企業、特に中小企業にとって大きな課題となっています。現場では「求人を出しても応募が少ない」「若手の採用が思うように進まない」といった声も聞かれやすく、既にいる社員をどのように育成し、活躍してもらうかが、これまで以上に重要な課題になっています。
人手不足は業務負荷の増加を招き、社員一人ひとりが提供できるサービス品質の維持が難しくなったり、新しいスキルを学ぶ機会が失われたりするなど、企業の成長機会そのものが損なわれる原因となり得ます。
新卒・中途ともに採用競争が高まるなかで、「採る」だけでなく「育てる」「活かす」視点を持つことで、組織全体の安定した成長に繋がりやすくなります。
中小企業は、大企業と比べて一人あたりの担当領域が広く、一人の活躍が業績や顧客満足に与えるインパクトが大きくなる傾向があります。
一人のスキルやマインドが変化することで、プロジェクトの成果やチームの雰囲気が前向きに変わっていく場面も少なくありません。
このような環境では、「属人的ながんばり」に任せるのではなく、再現性のある育成の仕組みを整えることが、中長期の成長を考えるうえで重要なポイントになります。
DXやリモートワークなど、働き方やビジネスモデルの変化が続くなかで、社員が身につけるべきスキルも広がっています。
ITリテラシーやセキュリティ意識、オンラインでのコミュニケーション力などは、多くの職種でベーススキルとして求められつつあります
これまでのやり方やベテランの経験則だけでは対応できない領域が増えており、現場社員のデジタルリテラシー向上や、新しいビジネス感覚の学び直し(リスキリング)が不可欠です。特に、大企業に比べてリソースが限られる中小企業にとって、DXによる業務効率化や付加価値の向上は、競合他社との差別化を図るための生命線となります。変化に柔軟に対応できる人材をいかに早く育てるかが、企業の存続と将来を左右するといっても過言ではありません。こうしたスキルは、一度きりの集合研修だけで身につくものではなく、継続的な学びの機会があることで少しずつ定着していきます。その意味でも、人材育成は「短期イベント」ではなく「長期的な取り組み」として位置づけられつつあります。
企業の規模や業種を問わず、現代の経営において「人材」に関する課題は避けて通れないテーマです。特に、成長の原動力となる人材の確保と育成は、多くの経営者が共通して直面する最優先事項といえます。
2024年版「中小企業白書」のデータでは、企業の存続や成長に直結する「経営課題」そのものとして人材の問題が浮き彫りになっています。

出典:2024年版「中小企業白書」
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2024/chusho/b2_1_1.html
グラフが示す通り、最も優先度が高い経営課題として「人材の確保」を挙げる企業は46.6%にのぼります。さらに注目すべきは、次点で優先度の高い課題として「人材の育成」が34.6%と最多の回答を集めている点です。
これは、「人を採用すること(確保)」と、採用した人材を「いかに戦力化するか(育成)」が、経営における一連の最重要プロセスとして認識されていることを裏付けています。優秀な人材を確保できたとしても、その能力を引き出す育成の仕組みがなければ、本当の意味で経営課題を解決したことにはなりません。
しかし、重要性は理解していても、実際に育成を進める中では中小企業特有の「壁」に突き当たることが少なくありません。まずは、育成の成功を阻む具体的な課題を整理してみましょう。
中小企業が人材育成を進める上で、壁となりやすい具体的な課題を整理してみましょう。これらの課題を正しく把握することが、成功への第一歩になります。
「育成の必要性は分かっているが、誰に任せるか」という点が最大の壁となるケースがあります。少人数の組織では、育成を専門に担当できる専任の部署や担当者がおらず、日常業務で多忙な管理職やベテラン社員が兼任せざるを得ないのが現実です。
結果として、指導時間が十分に取れず、教育が後回しになったり、指導者によって教え方にバラつきが出たりする状況が生まれてしまうことがあります。
外部の専門研修やeラーニング、コンサルタントへの依頼など、質の高い学びにはどうしてもまとまった費用がかかります。将来を見据えた「人への投資」が大切だと分かっていても、日々のキャッシュフローとのバランスを考えると、予算の確保には慎重にならざるを得ないのが中小企業のリアルな実情ではないでしょうか。そのため、「限られた予算の中で、いかに社員の成長機会を最大化できるか」という投資の効率性が、多くの経営者にとって切実なテーマとなっています。
こうした予算の悩みを解消しながら、着実に育成を進めるためにおすすめしたいのが、国などの公的な支援制度を上手に活用することです。
厚生労働省の「人材開発支援助成金」などの活用が有効です。外部研修費や訓練中の賃金助成を受けることで、コストを抑えた人材育成が可能になります。(※注:助成金の詳細については6.助成金・補助金・公的支援を上手に活用する章にて後述)
「何を」「誰に」「どの順番で」育成すべきかという育成計画が整理されておらず、場当たり的な研修や、その時々のブームに流された施策になってしまう現状も見受けられます。
経営層の「なんとなく必要そうだ」という感覚だけで研修を導入してしまうと、現場のニーズと合致せず、時間とコストだけを消費してしまうリスクが高まります。
せっかく時間やコストをかけて育てた社員が離職してしまうのは、中小企業にとって最も大きな痛手です。
「評価が曖昧で頑張りが報われない」「将来のキャリアパスが不透明」「成長が感じられない」といった理由から、モチベーションを維持できず、結果的に早期離職につながることもあります。
研修を実施しても、その成果を評価する客観的な指標(KPI)や仕組みがないと、「やった感」だけで終わってしまいがちです。
研修後の業務変化が計測されないままでは、育成が本当に業績向上に貢献したのか分からず、次年度の育成計画や予算確保の判断材料を得ることができません。
前述した「時間・予算・ノウハウ」の不足という課題を乗り越え、限られたリソースで成果を出すためには、戦略的な優先順位付けと組織的な連携が欠かせません。中小企業が取り入れるべき人材育成のポイントを解説します。
多くのリソースを割けない状況の課題が多いことが想定される中小企業では、育成テーマを絞り込むことが最初のステップとなります。「あれもこれも」といった汎用的な研修ではなく、まずは自社が直面している具体的な経営課題を起点に考えます。
売上目標、新規事業、生産性向上など、具体的な経営課題から逆算し、「その課題を解決するために、今最も必要な能力(スキル)は何か」を明確にします。これにより、育成の目的がブレず、投資対効果の高い研修を実施することができるでしょう。
リソースの制約がある中で、全社員に一度に手厚い育成を行うのは現実的ではありません。まずは、経営層や次世代リーダーといった「会社全体への波及効果が大きい層」から育成に着手するなど、優先順位を段階的に決める考え方が有効です。
少人数の強みとして、経営層や管理職の「意識変革」を先行させることで、その下の層への指導や支援の質を高めるというアプローチも取りやすくなります。
予算やノウハウの不足を感じる場合は、外部のリソースやテクノロジーを頼ることで状況が改善する可能性があります。例えば、厚生労働省の「人材開発支援助成金」などの公的支援を検討することで、コストを抑えながら質の高い外部研修を取り入れる道が開けます。
あわせて、eラーニングや動画マニュアル等のITツールを導入することも検討に値します。一度学習のベースを整えれば、指導者がその都度時間を割く負担を軽減でき、教育の質も均一化されます。「直接指導が必要な領域」と「ツールで補える領域」を切り分けることが、継続的な育成体制をつくる一助となります。
「育てても離職につながってしまう」という課題に対しては、教育と評価をセットで捉える視点が重要です。大がかりな人事評価制度をすぐに整えるのが難しい場合でも、以下の2点を意識するだけで、社員の意欲や定着率は大きく変わります。
1点目は、抜擢や評価の理由を具体的に言語化することです。人材配置では実力に応じた柔軟な抜擢も行われますが、その際に「どのようなスキルの習得が、どう評価や役割に反映されたのか」という背景を言葉にして共有しましょう。「期待しているから」という抽象的な表現に留まらず、「〇〇のスキルを習得したことで、この業務を完結できるようになったから」と具体的に伝えることで、本人の自信と周囲の納得感に繋がります。
2点目は、評価を処遇面だけで捉えず「新しい役割」で還元することです。昇給や昇進だけでなく、「習得したスキルを活かせるプロジェクトへのアサイン」や「後輩の指導担当への指名」など、一段上の役割を与えることも重要なフィードバックとなります。自分の成長が「信頼の証」として目に見える仕事に繋がっている実感は、社員が自社で長期的なキャリアを築く大きなモチベーションになります。
このように、努力が適切に認められ、その先の成長イメージを持てる環境を整えることが、結果として優秀な人材に選ばれ続ける組織づくりに寄与します。
5. 「育成の成果」を可視化し、改善のサイクルを回す
研修を「受けただけ」で終わらせないためには、実施した施策がどのように業務に貢献したのかを客観的に振り返る仕組みが必要です。効果を測るためには、実施前に「何ができるようになれば成功か」というゴールを明確に定義しておくことが望ましいです。例えば、残業時間の削減やミスの発生率低下といった数値的な目標だけでなく、「マニュアルを見ずに一人で工程を完結できる」「新人のサポートを任せられる」といった具体的な行動の変化を指標として設定します。
研修後は、これらの指標をもとに経営層・人事・現場が対話する場を持ち、受講者の変化を多角的に確認します。このように「何が変わったか」を可視化する習慣をつくることで、教育が一時的な行事ではなく、組織の課題解決に繋がっている実感が得られるようになります。成果が見える化されれば、「今回の研修は現場に合っていたか」「次はどのテーマに投資すべきか」といった判断基準が明確になり、次年度以降の計画をより精度高く改善していくための貴重なノウハウが蓄積されていきます。
前述した人材育成を成功させるためのポイントを踏まえ、より具体的な育成施策をご紹介します。貴社の現状と課題に最も合う施策から、スモールスタートで取り組んでみてはいかがでしょうか。
中小企業で中心となるOJT(On-the-Job Training)の質がバラついている場合、まず、教える内容・手順を標準化することが重要です。具体的には、新入社員や中途入社者が覚えるべき基本業務について、内容と順番をマニュアル化します。次に、OJT担当者向けの簡易研修を実施します。これにより、教え方やフィードバックの方法についての指導スキルを底上げし、ベテランのノウハウをマニュアル化して指導者ごとのムラを減らすことができるでしょう。
評価や期待を伝える手段として、OJTに加えて、実務を通じて経験値を高める「プロジェクトアサイン」や「ジョブローテーション」を組み合わせることも有効な選択肢です。
特に、進行中のプロジェクトにサポートメンバーやサブリーダーとしてアサインし、先輩社員のフォローを受けながら特定範囲の責任を持たせることは、本人にとって大きな成長の機会となります。実際の現場で計画立案や実行に携わる経験は、座学以上に重要な実践的なスキルを養い、費用対効果の高い育成手法となります。
また、育成段階で他部署を経験するジョブローテーションを取り入れることで、多角的な視点や部署間の連携スキルを養うことにもつながります。こうした「実戦の場」を戦略的に提供し、その成果を正当に評価に反映させていくことが、社員が自社でキャリアを築く上での確かな手応えとなるはずです。
社員が自ら学び、成長し続ける「キャリア自律」を支援する仕組みは、定着率向上に大きく貢献します。まずは、上司と部下が定期的にキャリア面談を行うことから始めてみましょう。社員の「将来の希望」や「取り組みたい業務」を聞き、会社の方向性とのすり合わせを行うことで、社員の納得感とエンゲージメントを高めることができます。
「ノウハウがベテランの頭の中にある」状態を放置していると、そのノウハウは属人化し、社員の離職などで一気に失われるリスクがあります。紙のマニュアルだけでなく、業務手順を動画で共有したり、ナレッジ(知識・経験)を共有して成功事例やFAQを蓄積したりする取り組みが有効です。これにより、必要な時に必要な情報を、自分のペースで知識を学ぶことができる環境が整います。
時間・場所・コストの制約が大きい中小企業だからこそ、eラーニングやLMS(Learning Management System:学習管理システム)の活用が、これらの制約を解決する有力な手段となります。
eラーニングは、指導者が時間や場所を問わず、全社員へ均一な教育コンテンツを提供できるようになります。特に、基礎的な知識や全社共通のルールなど、繰り返し学ぶべき内容について、低コストで効率的に教育を進めることができます。
またLMSは、リソース不足の中小企業にとって「教育の自動化」と「進捗の可視化」を同時に実現する強力なツールとなります。
人材育成には一定のコストがかかりますが、国や自治体の助成金・補助金、公的機関の支援メニューを活用することで、負担を抑えながら取り組みを進められる場合があります。
ここでは、特に人材育成で活用しやすい制度をご紹介します。
人材開発支援助成金は、社員に対して職務に関連する専門的な知識・技能を習得させるための職業訓練を計画的に行った事業主に対して、訓練経費や訓練期間中の賃金の一部を助成する制度です。
【主なコース例】
■ 人材育成支援コース
企業の基本的なOJT(職場内訓練)やOff-JT(座学など)による訓練を支援する、最も一般的なコースです。新入社員研修や、中堅社員向けスキルアップ研修、専門技能(語学、PCスキルなど)の習得研修など、幅広い訓練に活用できます。
出典:人材育成支援コース
■人への投資促進コース
デジタル・高度専門スキル、または定額制の訓練など、将来的な成長分野を見据えた高度な訓練を支援するコースです。デジタルスキルを習得させるための訓練には、経費助成率75%(中小企業)など、特に手厚い助成率が適用されます。また、eラーニング等のサブスクリプション型(定額制)の訓練サービスも対象です(年間上限額あり)。
出典:人への投資促進コース
活用のポイント
eラーニング導入や外部研修の費用も対象となるケースが多く、育成計画の幅を広げる上で非常に有用です。ただし、計画の事前提出が必要など、要件や申請・運用上の注意点が多いため、必ず事前に公的機関や専門家へ相談することをおすすめします。
■キャリアアップ助成金
非正規雇用労働者を正社員に転換したり、処遇改善に取り組んだりする事業主に対して助成されます。社員の定着やモチベーション向上につながる取り組みを支援してくれます。
■中小機構や中小企業庁、都道府県などの支援: 中小企業基盤整備機構(中小機構)や中小企業庁、各都道府県の産業振興センターなどでは、人材育成に関する研修プログラム、専門家による相談窓口、情報提供などの支援を俯瞰的に案内しています。まずは、これらの窓口に問い合わせてみるのも良いでしょう。
助成金・補助金は非常に魅力的な制度ですが、活用する際に注意したい点があります。それは、「助成金の要件に振り回されない」ということです。
本来、人材育成は自社の経営課題を解決し、成長を加速させるためのものです。助成金が適用されるからといって、自社の育成目的から外れた研修を計画してしまうと、時間と労力だけがかかり、成果が出ないという本末転倒な事態になりかねません。
あくまでも、自社の育成目的を軸に計画を立て、その計画に活用できる制度を探すという姿勢が大切になります。
中小企業の人材育成は、指導者・時間・予算といった多くの制約の中で進めざるを得ないのが現実です。しかし、裏を返せば、一人ひとりの成長が会社全体に大きなインパクトを与えるという大きな可能性を秘めています。eラーニング・LMSや助成金などのツールを賢く活用することで、限られたリソースでも最大限の育成効果を生み出すことは十分に可能です。
人材育成は、単発の研修で終わらせるのではなく、組織の成長を支える「仕組み」として定着させていくことが重要です。自社の未来を創る第一歩として、まずはできるところから着手していきましょう。